2015/09/01

本日、防災の日

【i国you國・うよ極説wあり】

戦後最大の犠牲者を出した災害といえばもちろん

2011(H23)年の東日本大震災(死者行方不明者合計18,466名)

なわけですが、それ以前は

1995(H7)年の阪神淡路大震災(同6,437名)、さらにそれ以前は

1959(S34)年の伊勢湾台風(同5,098名)でした。

1959年9月26日18時、超大型の台風15号(国際名Vera)が

紀伊半島に上陸。その強い低気圧と暴風によって伊勢湾に発生した

5m超の巨大な高潮により愛知県西部~三重県北部の

海岸部の堤防(平均3m台)が次々と決壊。

海抜0m~マイナス地帯(地盤沈下エリアと元からの干拓地)

が広がる名古屋から桑名にかけての臨海地域(そもそも江戸時代の

東海道も「宮」(熱田神宮前)~「桑名」間は水路「七里の渡し」で、

陸路を避けたほどの水郷低地帯)に、

夜間(それも暴風雨による停電時)、突如として海水が

なだれ込み(名古屋港の貯木場からは大量の巨大な材木が

高潮で押し流されて住宅地を直撃)、

昭和34年当時で戦後最大の災害犠牲者を出す台風となりました。

わたくしはその伊勢湾台風の被災地(水没エリア)で育ちました。

といっても同台風の3年後の生まれなので、物心ついた頃には

既に同台風の爪痕は全く何も残ってませんでしたが、

学校や公共施設のあちこちに伊勢湾台風被災当時の写真が

よく掲示されてました。その写真の多くに

ボート、ヘリコプター、トラックで被災者を救助・救援する

自衛隊が写っており、ガキ心ながら自衛隊をリスペクトするように

なりました。昭和40年代のハナシです。

 当時は左翼かぶれの勘違い学生が、ゲバ棒片手に「安保反対!」

「佐藤栄作(B作ちゃいまんでw)は首相やめろ!」などと

デモでわめいてた時代ですよ。

40数年たった今も日本はたいして変わりばえしませんねぇw。

国防問題を現実的に捉えようとしない亡国お花畑に住むバグが

いつの世でもうるさく飛び回ってるようです。

まぁそういうバグの群れ(8/30国会前には、警察発表で3万3千、

産経新聞独自集計で3万2千。なのにバグ側の自称動員数は12万!

・・・さすがバグ、数をかぞえるのに4倍ちかくも誤差が出る、

ヒビ割れドンブリ脳、お見事w) が、

ゴキジェットでシューもされずwブンブン自由に蠢いてられる

ということは、それだけ日本は言論の自由のある民主国家だという

証ではありますw。


 自衛隊は憲法違反だから武装を放棄して解散すべきだと主張し

自衛隊の存在そのものを否定するような個人は、

災害時にも自衛隊の救助・救援は個人的にお断りください。

緊急事態にヘリコプターで救出してもらうなんてもってのほか。

オニギリ1個もらうなよ。自衛隊を否定してんなら当然でしょ。

それがスジというもの。しかし、そんなアンチ自衛隊のヤカラでも

差別も区別もすることなく同じ日本国民として等しく救助・救援

するのが自衛隊だそうです。

さすが現代の武士道集団、21世紀のモノノフ軍団バンザイ!


 本日は関東大震災92周年の防災の日ということで、

個人的な防災訓練?として、大災害時の非常食として

買い置きしてある自衛隊の携帯食(戦闘糧食)の

調理訓練wを実施。以前、陸自の朝霞駐屯地の広報センターを

見学した際に、そこの売店で購入しておいた、

防衛糧食・陸型Ⅰ(カレーライス)、同・陸型Ⅱ(牛丼)、

同・陸型Ⅲ(シチュー&ライス)の3種の中から、

賞味期限の一番近かったシチュー&ライスが本日のメニュー。

熱源いらずの戦闘糧食!!
これだけで、あつあつのシチュー&ライスが食べられます
(能書原文ママ)

パックの中身すべて見せます
下段右はレンゲ&紙ナプキン
発熱剤(袋入り粉末)+発熱溶液(液体)で沸騰!!
外袋が飯盒がわり。無炎で30分加熱調理
食事喇叭~!
♪ 1中隊と2中隊はまだメシ喰わん 3中隊はもう喰って食器上げた~

香りよし、味よしのビーフシチューと白飯の完成
牛肉2塊、ジャガ芋と人参ゴロゴロ

火も水も電気も鍋も不要で、購入時のパックとその中身だけで

加熱調理できる優レモノ。お味は予想を遥かに越える美味。

時空を超えて大戦中のガダルカナル、ニューギニア、

インパール方面等に大量に送っていただくよう

時空防衛軍に請願したくなる逸品です。 


元気を出してグンカ~!

♪携帯口糧あるならば~遠く離れて三日四日~
廣野千里に渡るとも~散兵線に秩序あり~


ごちそうさまでした。

陸自・朝霞広報センターの売店の買い物袋