2015年2月15日日曜日

恋のムーンライトダンス

Dabis-Kollektionから

オレが10代の頃(1970s-80s)、リアルタイムに聴いた日本の

各種バンドの中の1つがシナロケことSHEENA&THE ROKKETS。

そのリードVoのシーナさんが亡くなられた。

まだ61才とのこと。ご冥福をお祈りいたします。

写真左はシナロケの1st LP『♯1』。

あのシナロケ定番曲“レモンティー”収録。

超ラスティック?な米国ギャング映画“俺たちに明日はない”の

ファンにはA面5曲目“ボニーとクライドのバラード”を推奨。

60sエレキインスト大好きのオレ個人的には半ギターインストな

カヴァー曲、A面4曲目の“恋のダイアモンドリング”イチおし。

その録音テイクには後にSANDii&THE SUNSETZを組むことになる

サンディと久保田真琴も参加してると知り益々リコメンド。

写真右はシナロケのメジャー盤1st LP『真空パック』。

コマソンHitにもなった“YOU MAY DREAM”収録。

オレ個人的にはA面ラストの“MOONLIGHT DANCE”イチおし。

で過去、日本語R&R大OKイベントでは何度もその

邦題“恋のムーンライトダンス”はDJプレイ済みな佳曲。

次回の東京スナッキーナイト(3/29笹塚イル・キャンティ・カフェ、昼~夕)

でも、シーナさんへの追悼の意をこめて必ず回すことにするよ。

ところで写真右のLPジャケ、これは初回盤なんだけど

たしか発禁というか、このジャケでの販売は禁止されて

別ジャケで再発し直したはず。

おこちゃまがマネしてラップを顔面に巻いて

窒息死したらどないすんねんちゅう

クレームがどこかから寄せられたからだったよな記憶。

くっだらねぇレベルの話だからオレは今さらネット検索して

検証する気にもなれんから、

ヒマな人は実際の経緯はご自由におぐぐりください。

Myフェイヴァリットなバンドでは80s初期UKニューウェイヴの

BOW WOW WOWも1st LPのジャケ写で当時まだ16才だかの

Voアナベラが全裸(といっても乳頭と局部は見えてません。

某有名絵画パロディ作)だったので英国政府当局により別ジャケでの

再発を強制されたってことがあったけど、手遅れで無意味だったというか、

むしろ仕掛け人マルコム・マクラレンの株をあげるだけ?の

話題づくりになっただけなイメージ大。

はるか極東の1ファン(オレ)も発禁ジャケLPを買ってるし、

その後に東京の輸入/中古レコード店で見る限りは発禁ジャケ盤より

再発ジャケ盤のほうがむしろレアだったもんね。

話題をシナロケに戻すと、昭和50年代当時のナウいヤングwだった

オレ個人としてはシナロケからは音楽面以上に、バンド名や曲名の

英字表記面で強く影響を受けたよ。

ROCKETSじゃなくてROKKETSだとか、

鮎川誠ソロ曲の1タイトル“Krazy Kool Kat”とか。

もっともその後、C→Kにスペル替えすることは英米で普通に

よくあることだともすぐわかったけどね。ちなみにシナロケと

東京スカンクスは1度だけタイバンしてる。

福岡の海岸の特設の野外ビーチパーリィなイベントでさ。

ラッケンロー 万才!

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